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2012年11月11日日曜日

秋の第九コンサート


昨年2011年12月16日、本学が大船渡で開催した復興支援活動「大船渡第九コンサート」(於:大船渡リアスホール)が、
今年は「被災地の学生が唱う~秋の第九コンサート」と題し、11月11日(日)東北大学川内萩ホールにて開催されました。

演奏曲目はブラームス「大学祝典序曲」とベートーヴェン「交響曲第九番合唱付」。 今年も世界的指揮者の篠﨑 靖男氏がタクト。

学生たちの合唱に感動!!   詳細⇒こちら

<演奏>
指揮: 篠﨑 靖男
オーケストラ: 仙台フィルハーモニー管弦楽団
ソリスト:
   菅  英三子 ソプラノ
   永井 和子  メゾソプラノ
   竹田 昌弘  テノール
   ジョン・ハオ バリトン
合唱:
   東北文化学園 混声合唱団
   東北大学 混声合唱団
   岩手大学教育学部音楽科OB有志

2012年3月31日土曜日

東日本大震災時における震災対応の記録 報告書

東日本大震災時における震災対応の記録 報告書 を発刊しました。

■本報告書の目的
1)災害緊急対策本部活動の記録の編集および今後の対応
 対策本部は3月11日に現地教職員によって暫定的に設置され当面の対応策を検討した。停電・断水といった混乱した状況の中で、対応策の検討結果およびその実施記録はメモ程度しか残されていない。理事長・学長が到着された14日には対策本部が正式発足し、本部会議の結論は模造紙ベースでまとめられたので、記録精度を少々高いといえるが、かなり散逸的である。そこで、関係者のメモや記憶を掘り起こし、災害時等非常時の対応についての基礎資料として可能な限り精度の高い活動記録を編集する。合わせて、災害時等非常時の対応について、今後の本学園の行動指針の基礎資料のひとつを得ることを目的とした。

2)ワーキングループの構成

災害緊急対策本部に参加した者のうち、大学に所属する以下の者をWGコアメンバーとした。
  主査 佐藤直由 医療福祉学部・学部長 
  幹事 須藤 諭 総合情報センター・センター長
  委員 岡田誠之 健康社会システム研究科・研究科長 
      西本典良 医療福祉学部保健福祉学科・教授
      松永哲夫 大学事務局・局長
      髙橋勝則 大学事務局・局次長
 また、当時緊急対策本部に参加され現在大学以外の所属となっている高坂名誉学長、佐藤局長、福田局長、今野局長、吉里部長、野田校長、熊谷教頭、阿部部長らの各位に協力を求めた。
 本WGは、「災害時の地域支援検討WG」(主査:岡田誠之教授)と連動して作業を進めた。


■本報告書の編集に当たった西本典良教授(保健福祉学科)による巻頭言
●はじめに
  平成23年3月11日に発生した東日本大震災は未曾有な大災害を東北地方全域にもたらした。本学キャンパスにおいては、春期休暇中であったために数百人程度の学生しかいなかったこと、大きな建物の崩落がなかったために学生や教職員の怪我などがなかったことは不幸中の幸であった。学生も教職員も家族や友人知人との安否確認がとれず、停電と断水という状況の中で情報も乏しく、頼れるのは携帯のワンセグ放送とラジオのみという状況であった。さらには続く余震、これからどうなるのかという不安、私たちは小雪舞う寒さの屋外で身体も心もただ震えるばかりであった。
150名を超える教職員と300名を超える学生がここにいた。「誰かが何かをしなければならない」そんな気持ちから、発生後ただちに何人かの教職員の呼びかけにより緊急対策本部が設置された。対応マニュアルもなく、物資もないという大変な困難な状況下、刻々と変わる状況の中で、日に何度もミーティングを重ね、一つ一つの問題に対処してきた。
今回の震災のような人の生死に関わる非常時に直面した時に、大学は何を成すべきか、何にどう対応すべきなのか、そしていかに素早く対策本部を機能させ、医療支援体制をつくり、学生・教職員の命と生活をいかに守り抜くか、さらには全大学人の安否確認をどう進めるか、大学周辺の地域住民への支援をどうするのかなど、私たちが直面した課題は山ほどあった。

●本記録の目的
本記録は今回の災害において私たちが行ってきた一つひとつの対応を振り返り、そして検証することを目的としている。今後、前を向いて歩んでいくために何を準備すればよいのか、どれほど困難な状況におかれても困らないための対策をいかに作り、準備するのかという重要な課題がある。こんな災害は2度と経験したくないが、もし万が一にでも同じような局面に置かれたときに再び同じ苦労はしてはならない。地震ばかりではない、火災や爆発という事故や、台風や大雪などの自然災害、備えるべき事態は幾多もある。それらを想定し、毅然とした対策を立てるための基礎資料として活動の記録をできる限り正確に残しておくことはこの震災を体験した私たちの義務であると考えている。
本報告書において重視したのは「あのときに何が起こり、私たちがどんな事態に直面し、その場にいた一人ひとりが何を思い、みんなでいかに対処してきたのか」を明らかにすることである。震災から1年有余が過ぎ、巷ではいろいろな出版物が発行されている。何のためだろうか、時間が経ち落ち着いたからということだけではない。関係者にとっては耐え難い時間が過ぎ、それを経て、やっと「あの時」と向き合うことができるようになったのである。そして「あの時」と向き合い、それを語ることで、前に進もうとしているのである。それは何よりも「これから」を歩むために避けて通れないからであり、「これから」は「あの時」を出発点にしなければならないからだと思われるのである。

●「あの時」を語る中で「これから」を考えることの大事さ
本学が、そしてその場にいた者たちが直面した「経験」は、沿岸部の人々が被ったとてつもない津波と原発の恐怖という「被災」とは異なる。彼らの経験した悲劇はそれに代わるものがないほどの過酷な経験である。しかしながら、「あの時」、「この場」にいた者たちの経験もまた、「とてつもないできごと」であったのも事実である。危機に直面した組織は本当の意味での力量が問われる。その組織が抱えているさまざまな弱点も強みも必然的に露呈せざるを得ない。とすれば私たちにとっても「あの時」を振り返ることは、私たちにとっての「これから」を創るためにどうしても必要なことであると思われる。
機会があって先月、石巻から南三陸、そして雄勝まで足を伸ばしてきた。この雄勝は当時保健福祉学科の4年生であった髙橋勇気君が被災した地である。彼はここで育ち、暮らし、縁があって私たちの大学で学んでいた。あまりにも若い命を私たちは失った。若き一人の青年の冥福を心から祈り、海に向かい黙祷を捧げた。今、目の前に広がる海はあまりにも静かである。親御さんの無念を思えば私には語る言葉もない。
震災から約500日が経ったにもかかわらず、大きながれきの山、廃車の山、壊れたままの民家、底をむき出しにしてひっくり返っている3階建てのビル、壊れた漁船・・・至る所に津波の爪痕は残る。一方であちこちにある「頑張ろう!」の文字、子供たちの描いた復興を願う壁画、そこには塞ぎようもなくバックリと開いたままの傷と人々の内部からあふれる出る希望が混在する。どちらも現実である、共存する現実である。深い悲しみを乗り越えると言うことはこういうことなのかと思った。今を生きていくことが積み重なることで過去の傷が少しずつだけれども塞がれていく、修復されるわけではないが、傷として目に見えるものは少しずつ減っていくのかもしれない。
「復興」と口にすることにはやはりはばかられるものがあるが、たくさんの人々の悲しみや口惜しさが少しずつでもいいから癒されて欲しいと心から願うものである。改めて2011.3.11東日本大震災に直面し、いまだその傷を抱えながらそれでもなお、前に進もうとしているすべての人々に心からのエールを送るとともに、我々もまた共に歩んでいこうとしていることをここに誓い、本報告書の巻頭言としたい。


震災対応の記録作成WGを代表して 西本典良(保健福祉学科・教授)


2012年3月30日金曜日

本学の災害時における地域支援の可能性 その4 報告書

本学の災害時における地域支援の可能性 その4 報告書を発刊しました。

報告書の概要(抜粋)

平成20年度のWGは本学で建築設備を活用する地域支援策として、「緊急給水設備」と「緊急電力供給設備」について基本的な検討した。

平成21年度のWGは緊急時の事務体制、医療対応体制および医療用具の整備を行い、「緊急給水設備」について、装置の試作および設置を試みた。さらに「移動式太陽光電池教材」を非常用に転用することの可能性を検討した。

平成22年度は、災害時非常用水栓の実地装備を平成22年6月26日(本学感謝の日)に、本学2号館の受水槽にて供用開始の披露会を行った。平成23年3月11日の東日本大震災の発生にともなって、3月12日から7日間にわたり地域の住民に緊急給水を実施することとなったところである。

 平成23年度は3・11の東日本大震災の対応の反省をこめて、災害時の本部機能に必要な電源等の確保として発電機、照明器具、移動式太陽光発電機の整備計画、災害時に備蓄すべき生活用品の確保、災害時用専用備蓄倉庫の必要性、さらには国見町内における既存設備である受水槽を活用する水供給体制の検討を行うことを目的として活動をおこなった。

また、本WGの成果については、平成23年度の本学感謝の日(平成23年6月25日)において「3・11緊急給水の報告会」を行い、増設された3号館地下受水槽の給水システムも披露した。平成24年1月5日(本学互礼会)には、本学学生食堂にて非常時防寒寝具・食料等の展示を行い、災害時の備蓄の必要性の啓蒙に努め、同年1月25日には宮城県の産学官連携フェアにても、「既存設備を活用した災害時緊急給水システム」のポスター及び実機の展示を行い産官への情報提供および協力養成に務めた。


本WGの活動は過去3年度に引き続き、地域連携室に設置して検討が進められた。
本WGにおける調査研究の主たる経費は、従来と同様に本学平成23年度教育計画支援費を須藤諭教授が申請を行ったが、申請テーマは新たに「東日本大震災の経験を踏まえた本学の地域支援の検討」とし、2つのサブテーマとして
①「緊急災害対策本部活動の記録編集WG」
②「災害時の地域支援検討WG」
を設けた。
 本報告書は ②「災害時の地域支援検討WG」の活動として位置づけられるものである。

WGの組織体制
本年度も本学地域支援室に災害時の地域支援検討WGを設立し継続して、研究的検討を以下のメンバーで行った。
主査 岡田誠之 科学技術学部人間環境デザイン学科・教授
幹事 須藤 諭 科学技術学部人間環境デザイン学科・教授
委員 渡邉隆夫 医療福祉学部リハビリテーション学科・教授    
    川村広則 科学技術学部人間環境デザイン学科・講師
    松永哲夫 大学事務局・局長
    加藤有信 法人事務局管理課・課長
    前田信治 科学技術学部人間環境デザイン学科・助手
 今年度は「東日本大震災の経験を踏まえた本学の地域支援の検討」なるメインテーマの下に、本WGと密接に関連するテーマの検討を行う、「緊急災害対策本部活動の記録編集WG」(主査:佐藤直由教授)を設定したので、同WGとも連動して仕事を進めた。

2012年3月23日金曜日

シンポジウム『東日本大震災・建築設備被害報告と今後に向けて』


岡田教授:趣旨説明
 シンポジウム『東日本大震災・建築設備被害報告と今後に向けて』が2012年3月23日に仙台市ユアテック会議室にて開催された。本学から岡田誠之教授及び須藤諭教授が講演を行った。





 4つの建築設備関連学協会である日本建築学会東北支部環境工学部会(部会長:宮城教育大学 菅原正則准教授)、空気調和・衛生工学会東北支部(支部長:新日本空調(株) 仲村光史)、電気設備学会東北支部(支部長:東北文化学園大学須藤諭教授)、建築設備技術者協会東北支部(支部長:日新設備(株)黒澤正志)は、3・11東日本大震災による建築設備の被害状況を調査するため、東北地方建築設備関連学協会災害調査連絡会(会長:東北文化学園大学 岡田誠之教授)を結成して、調査や対策の検討、報告書の執筆等を行って来た。
須藤教授:講演
 これまでの被害調査内容を報告すると共に、今後の対策、建築設備分野の技術者や研究者として何をすべきか等をディスカッションの場とするため、2012年3月23日に本シンポジウムを開催した。

講演会全景
シンポジウムの開催概要は以下の通り。
主催:日本建築学会東北支部環境工学部会、空気調和・衛生工学会東北支部、
    電気設備学会東北支部、建築設備技術者協会東北支部
協賛:日本技術士会東北本部衛生工学・環境・上下水道部会、住まいと環境東北フォーラム
後援:日本電設工業協会東北支部、日本空調衛生工事業協会東北支部、東北空調衛生工事業協会、
    宮城県空調衛生事業協会、日本設備設計事務所協会東北ブロック、山形県設備技術協議会
日時:平成 24 年 3 月 23 日(金) 10 時~12 時 30 分(開場:9 時 30 分)
会場:(株)ユアテック本社 3 階 C 会議室    
総合司会:空気調和・衛生工学会東北支部長 仲村光史(新日本空調)
シンポジウム次第
 ① 主旨説明(講師:東北文化学園大学 岡田誠之)
 ②建築設備の被害
  a)建築設備被害の概要(講師:東北文化学園大学 岡田誠之)
  b)空調設備の被害(講師:仙台高等専門学校 内海康雄)
  c)給排水設備の被害(講師:ユアテック 赤井仁志)
  d)電気設備の被害(講師:東北文化学園大学 須藤諭)
  e)ライフラインの被害(講師:東北工業大学 渡邉浩文)
  f)その他の被害(講師:宮城教育大学 菅原正則)
 ③ 行政・関連学協会の動向とこれから(講師:鹿島建設 一方井孝治)
 ④ ディスカッション・今後の対策と実務者・研究者は何をすべきか
   コーディネータ:建築設備技術者協会東北支部長 黒澤正志





2011年9月15日木曜日

電気設備学会全国大会記念特別講演

電気設備学会全国大会記念特別講演
「東日本大震災における電気設備の被害事例調査について」


 2011年9月15日~16日、電気設備学会2011年(第29回)全国大会が宮崎大学を会場として開催された。本大会の開会式行事の特別講演の講師として須藤諭教授が招聘され、「東日本大震災による電気設備の被害事例調査」をテーマとして講演が行われた。
 特別講演は当初、原田宏氏(宮崎大学理事、副学長)による演題「我が国の和牛の成り立ち」のみが行われる予定であったが、東日本大震災の発生を受けて電気設備学会東北支部が行った設備被害に関する調査について、大会実行委員会からの強い要請を受けて、急遽報告することになったもので異例の特別講演であった。
 林喬会長(関電工会長)の開会挨拶及び原田宮崎大学副学長の講演に引き続いて、須藤諭教授が電気設備学会東北支部長として、また、東日本大震災による電気設備被害事例調査委員会委員長として、講演を行った。


 講演内容は、今回の地震の特徴や地震および津波による被害の概要を整理した後、当委員会が調査した電気設備の具体的被害事例について解説した。また、講演者の具体的な体験談も有用な情報であると考え、ライフラインの途絶・復旧状況、震災時の情報取得の困難さ、飲料水の確保さくとして東北文化学園大学の取り組みなどについても織り交ぜながら講演となった。
 宮城県沖地震は10年ほど前から30年以内に99%の確率で起こると言われ続けてきた。しかし、なぜか防災意識は低かったといわざるを得ない。今回は特に備蓄の重要性を痛感させられた。最低限の水、食料、エネルギーは建物や建築設備の被害にかかわらず対応できるように準備しておかなければならないことであった。

2011年6月19日日曜日

東日本大震災復興フォーラム

2011年6月19日、東北文化学園大学主催の震災復興フォーラムに須藤諭教授がパネラーとして参加しました。東日本大震災を経験したわれわれが学んだ教訓を生かすため、学校法人東北文化学園大学が主催する震災復興フォーラムが、平成23年6月19日(土)に仙台市内の江陽グランドホテルで開催されたフォーラムのテーマは「東日本大震災の教訓~今、若者たちと語ろう~」とされ、時宜を得て高校生から一般市民まで合わせて636人の多くの聴衆が来場された。以下に、本学オフィシャルサイト等に掲載された開催報告を引用する。

(東北文化学園大学オフィシャルサイトより) 
本学園は「今、若者たちと語ろう 東日本大震災の教訓」と題して震災復興支援を考える市民フォーラムを6月19日(日)、仙台市内の江陽グランドホテルで開催しました。約650人の市民の皆さんに参加いただき、防災や地域支援の在り方について、まちづくり計画研究所の渡辺実所長、イタリア・ボローニャ大のトマーゾ・トロンベッテイ教授、東北文化学園大の岡田誠之教授が講演を行いました。休憩の後の梅村憲子さんの独唱が披露され、中でも唱歌「ふるさと」を来場された皆さんで合唱するシーンは感動を呼びました。二部の緊急パネルディスカッション「目指せ!新生東北 あの日から明日へ」では、運輸、医療に携わる本学園卒業生がパネリストとして参加しました。人間環境デザイン学科の須藤諭教授は震災当時の大学の様子と近隣住民への給水活動の成果を報告し、「飲料水の確保がとても重要だった」と述べ、専門学校臨床工学科を卒業した石巻赤十字病院の魚住拓也さんは、震災を受けた石巻の過酷な状況を報告し、できるだけ「顔の見える関係が大切」と強調しました。河北新報社の鈴木素雄論説委員長は、「かつては人材を供給する基地としての東北が被害を受け、今後、さらに若い世代の流出が懸念される。日本の中の東北の位置付けを皆で真剣に考えることが大事」と話されていました。

2011年3月12日土曜日

東日本大震災に伴う地域緊急給水活動

東日本大震災に伴う地域緊急給水活動(2011.03.12~2011.03.18)

●緊急給水の実施

地震発生後、本学では法人局長を中心に暫定の緊急対策本部を組織し、理事長・学長はじめ法人責任者との連絡対応、大学施設の被害対応、帰宅困難学生の対応等を開始したが、筆者らもこれに参加することとなった。地域の水道が断水状態となっていることが判明したため、この緊急対策本部の判断で 2 号館受水槽の水を地域への緊急給水に使用することを決定した。

そこで電力が復旧したとき自動的に高置水槽に揚水されてしまうことを防ぐため、揚水ポンプスイッチを「自動」から「OFF」に切り替えた。翌 3 月 12 日早朝、給水を実施する旨を告知する張り紙を表示し、実際に給水装置を設置した。

実際の給水期間は 3 月 12 日から 18 日までの 7 日間であった。

 給水を受ける方々はかなり遠方から自動車で来られる場合もあり、地域の混乱を防ぐため整理誘導を本学教職員・学生数名ずつに交替で当っていただいた。緊急給水の対応時間は 12 日から 15 日の 4 日間は 8 時から 16 時までの 8 時間、16 日から 18 日までの 3 日間は 10 時から 15 時までの 5 時間であった。 7 日間の提供人数を積算すると総提供人数は3,523 人となった。

 提供期間内で給水 3 日目及び 4 日目は 800 人台となっており、この 2 日間は住民がパニック状態となって水を欲している状況が表れている。給水 4 日目の 3 月 15 日には 600 人弱となり、5 日目には提供人数がやや尐なくなっている。この時期には他の給水提供場所も出現してきたものと思われる。隣接地域まで水道復旧が実現してきた 6 日目には 300 人程度まで減尐した。3 月 18 日は最終日ということもあり、提供者数は尐し増加した。

●被提供者の持参容器の種類と容量

7 日にわたり水を提供した中で、初日から 2 日目の10 時までの所持した容器の種類と容器の容量を調査した。容器の種類は、ペットボトル 0.5L,1L、2L,5L の容器、ポリタンクの種類は 5L,10L、20L の容器、その他は電気ポット、魔法瓶、なべ、やかん、ダンボール等の容器にごみ袋を入れた仮容器もあった。

容量については開始時の時間帯の容量は 1 回当たり平均値 9.9L、提供終了時の時間帯の容器は平均値 15.6L となっているが、12 日の終日の一回当たりの平均値は 10.3L、2 日目の 10 時までの一回当たりの平均値は 10.1L であった。水提供時には 1 人当り 4L としていただくよう張り紙や口頭で説明したが、それを徹底することはなかなかできない状況であった。